2023年7月20日会長の時間日本の運命を変えたポリオ患者としてフランクリン・ルーズベルト大統領

2023年7月20日会長の時間日本の運命を変えたポリオ患者としてフランクリン・ルーズベルト大統領

この話は僕の偏見ではなく「ルーズベルトの死の秘密.日本が戦った男の死に方」のという本からの抜粋ですのでご容赦下さい。

一旦治ったポリオが15年以上経ってから激しい疲労感が起こってくる後遺症をポリオ後症候群といいます。200万人が命を失った日本では太平洋戦争の原因を日本の愚かさだけに求めているが、それはアジア諸国への問題であり、日本は米国には侵略していない。日中の局地戦を世界大戦にまで拡大したのはルーズベルト大統領であり、ポリオ後症候群を発症したルーズベルトがどのようにして政権を維持し、その結果何が起こったのかを日本人は知るべきである。

下の図をご覧下さい。1945年2月のヤルタ会談時に彼はポリオの後遺症と皮膚がんと弱った心臓のため病人でありソビエトの精力みなぎる独裁者スターリンとまともな交渉などできる状態ではなかった。左の写真は1941年12月8日の真珠湾攻撃後翌日のいわゆる「恥辱の日演説」の写真です。右の写真は3年4ヶ月後のヤルタ会談後の写真です。この間に彼はポリオ後症候群を発症しました。目の鋭さが全然違うことがおわかりだと思います。もし1945年当時ポリオは75%の確率でポリオ後症候群が起こることをアメリカ政府が知っていれば、ヤルタ会談にルーズベルト大統領を参加させることはなかったでしょう。そうすればソ連参戦はなく、日本にとって満州からの引き上げ時の凌辱もなく、シベリア抑留問題も北方領土問題もなかったかもしれません。ルーズベルト大統領は今でもアメリカ人の好きな大統領人気投票ではリンカーン、ワシントンに次いで常に3位です。だからアメリアで成立したロータリークラブでは語られることはないでしょうが、当時の日本人はよく堪忍したなあと僕は思います。過去は過去として国家間での問題にしてこなかった日本人の国民性はロータリーの目指す世界平和に貢献してきたと僕は誇りに思います。

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